福岡高等裁判所 昭和24年(つ)476号 判決 1950年1月25日
被告人
吉松軍藏
外三名
主文
省略(三名は破棄自判、一名は控訴棄却)
理由
弁護人鶴田英夫の控訴趣意第一点の一乃至五、弁護人辻丸勇次の控訴趣意第一点に対する判断。
刑訴第二八九條にいう、長期三年を超える懲役若しくは禁錮にあたる事件であるかどうかを定めるには、刑罰法令の各本條に、長期三年を超える懲役若しくは禁錮の刑が規定してあるかどうか、すなわち、いわゆる法定刑を以てその区別の標準とすべきであつて、法律上刑の加重減軽の原由によつて加重減軽を施した刑を標準とすべきではない。けだし、その事件の開廷は弁護人を必要とするかどうかは、事件の軽重に從い、開廷に先だつてあらかじめ、直截簡明に定められる必要があり、そのためには、法定刑を標準とすることが最も合理的であると解せられるからである。論旨は、いずれも右と異る見解を前提とするものであつて、採用の限りでない。
弁護人鶴田英夫の控訴趣意第一点の六、弁護人辻丸勇次の控訴趣意第二点に対する判断。
昭和二四年五月二日の原審第三回公判期日に、主任弁護人辻丸勇次は出頭せず、弁護人鶴田英夫出頭し、証人橋本相吉、同笠原茂の尋問があつた後、檢察官において、証拠として現金五千円及び二千円の取調べを求め、これが証拠調を終了し、檢察官において更に証拠として、領置調書四通、搜索調書二通、差押調書二通、搜索許可状二通、差押許可状二通、領收証一通、顛末書一通、檢事に対する笹原シヅエの第一回第二回供述調書、檢事に対する被告人吉松の第一回乃至第四回供述調書、檢察事務官に対する被告人笹原の第一回乃至第三回供述調書、檢察事務官に対する被告人山村の第一回第二回供述調書、檢察事務官に対する被告人河野の第一回供述調書、林貞市提出の上申書、小金丸彌助提出の申立書の取調を請求して立証趣旨を述べ、裁判官が檢察官の右証拠調の請求について意見を求めたのに対し、弁護人鶴田英夫は、右書面を証拠とすることに同意し、証拠調には異議ない旨を述べ、被告人らは、別に意見はない旨を述べ、裁判官は、各証拠について、証拠調をする旨の決定を宣し、檢察官に各証拠書類を朗読させ且つ提出させ、被告人吉松、同河野、同笹原において、それぞれ、檢察官立証の趣旨を否認する趣旨の事項を述べ、審理は次回に続行された事実は、原審第三回公判調書中その旨の記載によつて明らかであり、右のようにして取調べられた証拠の一部を、原判決が、被告人らに対する犯罪事実認定の資料として、他の証拠と共に引用していることは、原判決の記載によつて明らかである。
論旨によれば、右の原審第三回公判期日に、主任弁護人辻丸勇次出頭せず、同公判期日における檢察官の証拠調請求に関し、弁護人鶴田英夫が述べた、檢察官の提出にかかる前記各書面を証拠とすることに同意し、証拠調に異議はない旨の陳述は、主任弁護人の同意なくしてなされた陳述であるから無效の陳述であり、從つて、右各書面を証拠として引用したのは違法である、というのであるが、果してさように解すべきものであろうか。
なるほど、刑訴第三四條には、主任弁護人の権限については、裁判所の規則の定めるところによる、と規定し、刑事訴訟規則第二五條第二項には、主任弁護人及び副主任弁護人以外の弁護人は、裁判長又は裁判官の許可及び主任弁護人又は副主任弁護人の同意がなければ、申立、請求、質問、尋問又は陳述をすることができない旨を規定しているのであるが、新法が主任弁護人の制度を採り入れたのは、書類送達の方法を簡易化し、各弁護人間の訴訟行爲に統一あらしめ、以て訴訟進行の簡易円滑を期する趣旨に出たものであると解するのが至当であつて、公判期日に、たまたま主任弁護人が出頭しなかつたからといつて、その公判期日に出頭した他の弁護人の陳述その他各種の訴訟行爲を、ことごとく無效と解すべく合理的な根拠は、これを発見することができない。
原審第三回公判期日に、主任弁護人辻丸勇次が出頭しなかつたことについては、恐らく何らかの己むを得ない事情があつたのであろうとの想像は不可能でないとしても、その不出頭が正当の事由によるものであつた事情を徴すべき資料は、本件記録上これを認めることができず、不出頭のまま審理を遂行したことが同弁護人の弁護権を不当に制限したものであるとも認められず、同弁護人が前記各書類を証拠とすることに同意せず、若しくはその証拠調に異議を留める意向を有していた事実については、原審の弁論終結に至るまでの本件記録上これを徴すべき何らの資料がないのみならず、同弁護人において、若しさような意向を有していたのであれば、次回の公判期日にその意向を表明すべき機会があつたのにかかわらず、何らそのような意向を表明した事跡がなく、これらの事情を併せ考えれば、原審第三回公判期日における弁護人鶴田英夫の前記陳述を無效と解すべき理由はますます薄弱であるといわざるを得ない。
なお、原審第三回公判期日に、檢察官が証拠として提出した前記各書面について、弁護人鶴田英夫は、これを証拠とすることに同意し、証拠調には異議ない旨を述べ、被告人らは、別に意見はない旨を述べたこと前述のとおりであつて、右各書面を証拠とすることについて、果して被告人らの同意があつたかどうかの点に関して、いささか疑問の余地がないでもないが、公判廷において、檢察官が各種の書面の取調を請求して立証趣旨を述べ、裁判官から右証拠調の請求について意見を求められたのに対し、別に意見はない旨の陳述をした場合においては、その書面を証拠とすることに同意を與える趣旨をも述べたものであると解するのが、通常一般の社会観念に照らして相当である。けだし、右のような陳述が、証拠調の請求について異議を申立てない趣旨であることは、一般社会における言葉の用例上容易に是認されるところであり、証拠調の請求について異議の申立をしないということは、その証拠の証明力、ひいては、その証拠によつて立証しようとする事項を容認するかどうかの点はしばらく措き、それを証拠とされることそれ自体については、同意を與える趣旨であることを前提としてはじめて理解されるところであるからである。尤も、被告人らが、必ずしも法律上の專門的な知識を十分に備えているものではないという事情は、一應考慮されなければならぬところではあるが、右のような陳述は、一種の訴訟行爲に属する事実にかんがみ、右のような事情があるからといつて、前述の解釈を左右するのは妥当でない。結局、原審第三回公判期日における、証拠調の手続が、所論のように違法であるとは認め難く、この点に関する論旨はすべて理由がない。
弁護人辻丸勇次の控訴趣意第三点及び第四点の一、に対する判断。
被告人らの自白を含む供述調書について、原審第三回公判期日において、犯罪事実に関する他の証拠と同時に、その証拠調の請求がなされ、証拠調が施行されたことは、同公判調書の記載によつて明らかであり、原審第四回公判期日において、主任弁護人が取調べを請求した上申書四通、診断書一通に関し、その取調をするについて、裁判官が、その取調を請求した者にこれを朗読させた事跡が記録上認められないことは、いずれも所論のとおりであるが、証拠調手続上の違法の点については、それぞれ訴訟関係人において異議を申立てることが許されており、弁護人は、その異議申立の機会が与えられているのに、何ら異議の申立をしないで証拠調べの手続を終了したものであることは、原審第四回公判調書中、裁判官は、檢察官並びに弁護人に対し、反証の取調べの請求、その他の方法により、証拠の証明力を爭うことができる旨を告げ、他に主張立証はないかと問うたところ、檢察官並びに主任弁護人は、いずれも、ないと答え、裁判官は、事実並びに証拠調終了の旨を告げた旨の記載に徴し明らかであるから、証拠調べの手続上の前記瑕瑾は既に治癒されたものというべく、今に及んでそれらの点を攻撃する論旨は採用し難い。
(註) 本件の破棄は、量刑不当による。